恋の花びら大回転

【第29話】エスパー登場
先日お会いした50代くらいのお客さんは、温和で物腰柔らかな感じのいい方でした。
しかし、お喋りしている途中で様子がおかしくなってきた。
会話の端々にやたらと「宇宙のエネルギー」って単語を挟んでくる。「ああ、宇宙ねー」って適当な相槌打ってたら、やがて
「僕はそのエネルギーを使うことができるんだよ」
って言い出した。「僕が触っただけで寝たきりのお爺さんが歩けるようになったし、どんな病気も治すことができる」らしい。
「お医者さんにも、あなたは超能力が使えますって言われたんだ」と、得意げ。
それって「あなたはうちでは手におえません」
って意味なのでは…と思ったけど、そのおかげで活き活きしているみたいだし、まあいいかと思ってそのまま聞き入れることに。
「今から僕が君の腕にエネルギーを送るね。そうすると腕が全く動かなくなるから!」
と、私の腕に手のひらを当てて「フン!」と気を送ってくれる。もちろん腕は余裕で動く。
しかし、「ね!? どう!? すごいでしょ!」と無邪気にはしゃいでいるところに水をさすのも可哀想なんで、
「あっ、うん、なんか腕あがらない感じするかも…」
と乗ってみたところ、お客さん大喜び。だからなんなの? 的なしょうもない超能力(目があかなくなる・手がグーのままになる)を次々に繰り出してくる。それらにいちいち「わあ、すごーい、ほんとだー」と付き合っていたら、
「水をワインに変えることも出来るんだよ」
とか言い出してしまった。
意外と身近なところでキリストの奇跡おきてた。
お客さんは、水の入ったグラスに手のひらを当てて「フン!」と一声。そしてグラスの中身を一口飲んで、
「うっわ! うっわー美味しい! すっごく美味しいワインになってるよー!!」
と、1人で大騒ぎ。
え、まさか嘘でしょ…と思って私もグラスに口をつけたところ、本当に美味しい水でした。まあ、当たり前なんですけど。
その後も彼は「次何飲みたい!?」「ほらっ! 美味しい日本酒になってるよ!」と奇跡を起こし続け、私はただの水を1.5リットル飲むはめに。
客商売って、こんなにつらいのか…。
最終的に「僕と出会えたってことは、君にとって本当に幸せなことなんだよ」と口説き始め、
「今後、僕以外の誰とも付き合えなくなるように超能力かけておいたから!」
と、はた迷惑な魔法をかけて帰っていきました。
あのおじさんも、家に帰ってから1人で「やっぱり水だ…」って思う瞬間があるんだろうなと考えると、なんだかしんみりします。

藍川じゅん
元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中!